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札幌地方裁判所 昭和49年(レ)11号 判決 1976年4月30日

控訴人

中島国吉

右訴訟代理人

下坂浩介

被控訴人

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

篠原一幸

外二名

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

原判決はこれを取消す。

被控訴人の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文と同旨。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  被控訴人は、札幌市中央区大通西一三丁目四番一九四ほか二筆の土地及び同地上所在の札幌高等裁判所庁舎及び札幌地方、同簡易裁判所庁舎を所有していたが、昭和四五年一月二八日右各物件を訴外札幌市に譲渡し、同年二月二三日同市から右各物件を賃借し、これらを従前同様右各庁舎及びその敷地として使用してきたところ、右賃貸借期間は昭和四八年四月三〇日をもつて終了する。

(二)  被控訴人は控訴人に対し、右高等裁判所庁舎の一部である別紙目録記載の建物<注・理髪室>(以下本件建物という。)につき、下記いずれかの理由により明渡請求権を有するので、選択的にこれを主張してその明渡しを求める。

1 民法第二〇〇条一項にもとづく明渡請求

被控訴人は、本件建物を占有していたものであるが、控訴人は、昭和四八年三月三一日何らの権原なくその占有を開始し、もつて被控訴人の本件建物に対する占有を侵奪した。

よつて被控訴人は控訴人に対し、民法第二〇〇条第一項にもとづき本件建物の明渡請求権を有する。

2 賃借権にもとづく明渡請求

被控訴人は本件建物の賃借人であるところ、控訴人は何らの権原なくこれを占有し、被控訴人の右賃借権を侵害している。

よつて被控訴人は、右賃借権にもとづき、控訴人に対し本件建物の明渡請求権を有する。

3 債権者代位権にもとづく明渡請求

(1)(イ) 被控訴人は、昭和四〇年八月一日、訴外裁判所共済組合(以下共済組合という。)に対し、共済組合札幌高等裁判所支部(以下共済組合札幌高裁支部という。)所属の組合員のための厚生施設(理容室)として使用させるため、国有財産法第一八条第三項、国家公務員共済組合法第一二条第二項にもとづき、使用期間を昭和四一年三月三一日までとして本件建物の無償使用を許可し、以後毎年四月一日ごとに使用期間を一年と定めて右許可を更新し、共済組合札幌高裁支部にこれを使用させてきた。なお訴外札幌市から同建物を賃借した時点以降においては右条項を類推適用して右のとおり許可を更新してきた。しかし昭和四八年四月一日以降の使用許可を更新しなかつたため、右使用許可期間は同年三月三一日をもつて満了し、共済組合は同日限り本件建物を使用しうる地位を失つた。

(ロ) 仮に、本件建物が国有財産でなくなつたことにより昭和四五年二月二三日以降における被控訴人と共済組合との間の本件建物の使用に関する法律関係が使用貸借であるとしても、その使用貸借契約は昭和四八年三月三一日をもつて終了した。

(ハ) よつて、被控訴人は共済組合に対し、右使用許可期間の満了又は使用貸借契約の終了により、本件建物の明渡請求権を有する。

(2)(イ) 共済組合は、本件建物に理容室を開設し、昭和四〇年一〇月一四日ころ、控訴人との間に、委託期間を昭和四一年三月三一日までと定めて理容業務を控訴人に委託する旨の契約(以下本件委託契約という。)を締結し、以後毎年四月一日ごとに委託期間を一年として同契約を更新し、控訴人は本件建物を占有し右委託業務を行つてきた。しかるところ、共済組合は、昭和四七年七月、控訴人に対し、昭和四八年四月一日以降右契約を更新しない旨告知した。

(ロ) よつて本件委託契約は同年三月三一日をもつて終了した。

従つて、共済組合は控訴人に対し、右契約終了により、本件建物の明渡請求権を有する。

(3) そこで、被控訴人は、共済組合に対する本件建物の明渡請求権を保全するため、共済組合の控訴人に対して有する本件建物の明渡請求権を本訴において代位行使する。

二、請求原因に対する認否<略>

三、控訴人の抗弁

(一)  本件委託契約は、その実質において本件建物の賃貸借契約である。すなわち、控訴人と共済組合は、市中の理容料金額より低廉な料金で理容業務を遂行する旨協定したが、これは、控訴人が本件建物を使用収益することの対価として、市中の理容料金額と協定料金額との差額に利用者数を乗じてえた金額に相当する金額を、その賃料と定めて共済組合に支払うことを約定したことに外ならないのである。従つて共済組合は、正当な理由なしには、本件委託契約の更新を拒絶し、あるいは解約の申入れができない。そして共済組合が被控訴人の一機関であることに鑑みれば、被控訴人は共済組合と控訴人間の右賃貸借契約の締結につき同意を与えたといえるから、控訴人は被控訴人に対し本件建物につき賃借権を有することをもつて対抗できる。

(二)  仮に右主張が理由がないとしても、本件委託契約は長年にわたり、毎年定型的に更新されてきたものであるから、共済組合は、正当な理由がない限りその更新を拒絶することができない(借家法第一条の二の類推適用)。

(三)  仮に以上の主張が認められないとしても、本件委託契約の委託期間が一年(契約条項第一八条)と定められているところ、かかる契約条項は公序良俗に反し無効であるから、共済組合が控訴人に対し昭和四七年七月になした更新拒絶の意思表示も無効である。

四、控訴人の抗弁に対する認否及び反論<略>

第三、証拠関係<略>

理由

一請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二よつて先ず、請求原因(二)の3の事実について判断する。

(一)  <証拠>によれば、請求原因(二)の3の(1)の(イ)の事実のほか、共済組合においては、被控訴か人ら無償使用の許可を受けた本件建物についての使用許可期間が昭和四八年三月三一日をもつて満了したことにより同建物を被控訴人に返還すべき義務のあることを認めていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  請求原因(二)の3の(2)の(イ)の事実は当事者間に争いがない。

三そこで抗弁について判断する。

(一)  控訴人は、共済組合と控訴人間に、本件物建につき、市中理容料金と本件委託契約によつて低廉に定められる理容料金との差額を賃料とする賃貸借契約が成立した旨主張する。

なる程、<証拠>によれば、本件委託契約にもとづき定められた理容料金は市中のそれに比し低額であつたことが認められるところ、控訴人は、原審及び当審における控訴人本人尋問において、本件建物につき右料金の差額をもつて賃料とする賃貸借契約が成立した旨供述する。

しかしながら、右供述部分は、<証拠>に照らし、たやすく信用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

かえつて右諸証拠を総合すれば、以下のとおり認めることができる。すなわち、

1  共済組合が本件建物に理容室を開設したその目的は、共済組合札幌高裁支部所属の組合員の福祉の向上を図るにあつた。

ところで、共済組合は、右理容事業を直接経営するのが原則であるところ、これが出来ないため止むなく理容技能を有する者に右事業を委託せざるをえなかつたのであるが、右事業が所属組合員のための福祉事業である以上利潤をあげる必要は毫もなく、可能な限り所属組合員に低廉な理容サービスを提供するのがその目的にかない、かかる観点からして、無償使用の許可をえた本件建物を用いて受託業者に業務をさせるにあたり、受託業者から料金のコストアツプにつながる虞れのある建物使用料を徴することは右の目的にそぐわないばかりでなく、その徴収の必要もなかつた。

そしてまた、共済組合にとつて、理容料金を適正に規制しうるものであることが望ましく、また受託業者の業務を常時監督し、監査しうるようにし、もつて受託業者をして、右理容業務が福祉事業としてなすものである趣旨を逸脱させないようにする必要があつた。

更に、共済組合としては、本件建物が国有財産であつた当時において、「国家公務員共済組合法第一二条第二項により、組合の福祉事業に供するため国有財産の無償使用の許可を受け、その事業を業者に委託する場合、受託業者にこれら施設の使用権を取得したような誤解を生じないようにすべし」との昭和三六年二月一四日蔵計第二四五号大蔵省主計局長通達及び同月二四日最高裁経総第一七六号本部次長通知を遵守すべきものであつたし、また本件建物の所有権が訴外札幌市に帰属した以降においても、同建物が引続き裁判所庁舎の用に供されてきたことに鑑みれば、これが国有財産である場合に準じて対処すべきものであつたといえるうえ、被控訴人と同市間の約定により、被控訴人においてこれら施設につき使用、収益を許可する場合には国の庁舎等の使用に準ずべきこととされていたことからしても、受託業者との間に本件建物について賃貸借契約を締結するが如きことは厳に避けるべき事柄であつた。

更にまた共済組合においては、本件建物の使用許可をえたうえ同建物を用いて理容業務を営むものであつたところから、右使用許可期間を越える業務委託期間の設定はこれをなすべきでない制約があつた。

2  共済組合は、控訴人との間に右理容業務の委託契約を締結するに際し、以上の諸点を考慮し、先ず契約の目的として右業務が共済組合札幌高裁支部組合員の福祉の向上を図るにあり、その目的のもとに右業務を委託するものであることを明らかにしたうえ、その余の契約内容を、大要、次のとおり提示し、かつ委託期間を本件建物の無償使用許可期間に限つた。

(イ) 受託業務遂行に対しては報酬を支払う。ただしその報酬額は理容料金相当額とするが、理容料金については共済組合札幌高裁支部長と控訴人が協議の上定める。(ロ) 控訴人に対し、受託業務遂行のため本件建物及びその内部施設を無償で使用させ、また右業務遂行上必要な電気、水道、ガスに関する経費についてはガス使用料を除き共済組合札幌高裁支部が負担する。(ハ) 控訴人は、就業につき同高裁支部長の指示命令に従うことを要する。(ニ) 控訴人の就業時間は、職員の勤務日及び勤務時間にほぼ対応する日時、すなわち、平日においては八時三〇分から一七時まで、土曜日においては八時三〇分から一三時までとし、右時間を一時間越えて延長し又は他の日に業務を行うときは同支部長の許可を要する。また従業員の使用についても同様である。(ホ) 控訴人は収支決算書等を作成提出し、同支部長は控訴人から定期又は随時に経理、決算について報告を求め、あるいは監査する。(ヘ) 控訴人が業務を第三者に譲渡し又は請負わせ、あるいは事業設備を第三者に貸与したり契約以外の業種に使用することを禁ずる。(ト) 共済組合は、控訴人に委託の趣旨に反する行為あるときは契約を破棄することができ、また右理容業務を中止又は廃止したときは委託契約は終了する。

3  他方、控訴人は、右理容業務の委託が前記目的に出たものであることを十分に理解していたし、自ら開業するには多額の資金を必要とするが控訴人にその資力がなかつたところ、右の提示内容からすればかかる資金負担の要がないばかりでなく、共済組合員という固定の利用者を確保でき、これによつて、恒常的に、一応一定した報酬をえられるという思惑があり、更には就業時間も共済組合員なみであつて、市中の自営業者に比し精神的にも肉体的にも安穏であるとの配慮があつて、報酬にはね返る理容料金額が市中業者のそれに比し低廉であつてもこれを可とするに足りるとして右契約に応ずるに至つた。

4  かくて共済組合は、本件建物についての無償使用許可を受けた都度、控訴人との間に、同内容の理容業務委託契約を更新してきたものであり、また共済組合札幌高裁支部長は、所轄保健所に対し、自らを本件建物における理容室の開設者とし控訴人をその管理人として開設届をし、また右届出事項に変更があつた都度その変更届をし、控訴人に対しては随時就業上の指示を与え、また控訴人の経理、収支等に関しこれを監査し、指定の就業時間以外の就業あるいは従業員の採用についても許可申請を提出させて検討のうえこれを許可し、理容料金の改訂についても、控訴人から申出がある都度札幌市内の他の官公庁理容室の料金を参酌し、これとほぼ同額に協議決定してきた。

控訴人においては、本件建物を無償使用し、かつガス使用料を除く電気、水道、ガスに関する経費は共済組合札幌高裁支部の負担において、同支部長の管理を受けつつ受託業務を遂行して契約に定められた報酬を受けてきた。

以上認定の事実関係からすれば、本件委託契約は有償の準委任をその本質とする契約であると判断できるのであつて、いささかも本件建物の賃貸借たる要素を認めることができない。

(二)  控訴人は、本件委託契約は正当の事由のない限り更新を拒絶することができない旨主張し、同契約が長年にわたり毎年定型的に更新されてきたことをもつてその理由とするが、同契約の前記本質に照らし、右理由をもつてしては、同契約の更新拒絶を不可とする理由とはなしえないというべきである。

他に同契約の更新拒絶が許されない事由についての主張立証はない。

(三)  また控訴人は本件委託契約の委託期間が一年であることをもつて、かかる定めは公序良俗に反すると主張するが、前記認定にかかる本件委託契約の目的、性質、内容等に照らせば、その委託期間が一年であることをもつて、これをただちに公序良俗に違反する無効なものとは解し難い。

(四)  よつて控訴人の抗弁はすべて採用できない。

四以上によれば、被控訴人は共済組合に対し、本件建物についての無償使用許可期間の満了により、同建物の明渡請求権を有することが明らかであり、また本件委託契約は、共済組合が昭和四七年七月控訴人に対し同契約を昭和四八年四月一日以降更新しない旨の告知をなしたことにより、同年三月三一日をもつて有効に終了し、控訴人が本件建物を使用しうる地位は同契約の終了とともに消滅し、よつて控訴人は同年四月一日以降本件建物を占有する権原を有しないといえる。従つて、共済組合は控訴人に対し、同建物の明渡請求権を有するものである。

五ところで、前記認定の被控訴人の共済組合に対する本件建物の明渡請求権は、民法第四二三条第一項所定の代位によつて保全するに適する特定債権であり、かかる特定債権を保全するためには、同条所定の代位権の行使にあたり債務者たる共済組合の無資力を要件としないと解せられる。しかして共済組合が、前記にかかる同組合の控訴人に対する本件建物の明渡請求権を、現時点において行使していないことが記録上明らかであるから、かかる場合被控訴人は、共済組合の控訴人に対する右明渡請求権に代位し、控訴人に対し、直接自己に同建物を明渡すべきことを求めることができるというべきである。

六そうであるとすれば、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人が控訴人に対し、本件建物の明渡しを求める本訴請求は理由がある。

七されば、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は結局正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(藤原昇治 増山宏 田中康郎)

目録、図面<略>

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